もっとキニナル#3

きのうのキニナルで紹介した下村幸男さん。

 

取材しようと思ったきっかけは、
7月10日放送のキニナルで取材させていただいた
サンフレッチェ仙田信吾社長のインタビューです。

 

放送内容とともに振り返りますと…

 

サンフレッチェを始めJクラブは
新型コロナの影響で試合が一時中断。

現在は再開されましたが、
観客を段階的にいれている状態で
100パーセント入れることはまだ難しいのが現状。

 

さらに入場料収入、物販収入を中心に大きな打撃を受けており、
現段階で3~4億円の赤字がでるのではないかと社長はおっしゃっていました。

 

 

仙田社長は、この苦しい状況だからこそ「広島県」にこだわる行動に出ます。

スポンサー企業に手紙を書き絆を深めたり、
SNSでスポンサー企業情報を発信したり、
練習試合オンライン配信で、普段出さないスポンサー看板を出したり。

苦しいコロナ禍を広島一丸で乗り越えようと行動しました。

 

その行動の理由には、サンフレッチェが広島県で積み重ねてきた歴史があります。

 

サンフレッチェは、全身の東洋工業時代から
地域に愛されて発展してきました。

 

スタートは原爆投下後の焼け野原。

そんな中多くの人の努力で復興し、
東洋工業は日本リーグで前人未踏の4連覇、
日本リーグ最多5度の優勝を成し遂げます。

 

良い時だけではありません。

サンフレッチェ2度のJ2降格。
その時も、多くのサポーターの支えで乗り越え圧倒的な強さでJ1に復帰しました。
そして、2015年には日本一に輝きました。

 

良い時も、苦しい時も広島一丸で乗り越えてきたクラブの歴史がある。

「サッカー王国広島と呼ばれるのは、強いからではなく、深い歴史があるから」

この言葉が印象に残り、
改めてサンフレッチェの歴史を調べ、
その草創期を知る下村さんにお話を伺いたいと思ったのです。

 

2015年1月に元気丸を担当するようになってすぐサッカー取材をするようになり、
目の前の試合を取材することでいっぱいいっぱいでした。
サンフレの過去のステージ優勝や、
J2降格のことは勉強して知識には入れていたものの、
それ以前の歴史は今まで知りませんでした。
今回の取材で、広島サッカーの歴史は戦前にさかのぼり、
信念のようなものは75年経った今に受け継がれていることを知ると何だか胸が熱くなります。

 

こんなにも地域に密着したサッカークラブがあること、
一人の広島県人として誇りに思いました。

 

 

今回の下村さんのインタビューが決まった時、
仙田社長に連絡すると、
大変喜んでくださいました。

 

テレビマンの先輩として、取材のアドバイスまでしてくださいました。
心の広さ、人間としての温かさ、本当にすごい方です。

 

 

そして最後に一言、
「キンチョーの夏ですが、がんばってくださいね!」

 

時折見せるダジャレ好きな仙田社長のおちゃめな一面もまた魅力的です。