月別アーカイブ: 2018年1月

ドタバタかいご備忘録㉖ 施設からの苦情

最初は順調に見えた母の老人ホームでの暮らしでしたが、1か月ほど経つと

雲行きが怪しくなってきました。

施設のケアマネージャーから、母の言動に困っているといった内容の電話が、

よくかかってくるようになったのです。

 

例えば、了承も得ずに外出するとか、

コロ付きの椅子は危ないからコロ無しに座ってほしいと何度お願いしても

聞いてくれないとか、

部屋に物があふれ、つまずきの原因になるから危ないと注意しても、

さらに色々なものを買ってきてしまうとか。

また、薬が切れるとつきっきりの介護を求めるので、他の入居者にしわよせが行き、

困っているとか、

夜、ひっきりなしに介護士を呼び、十分に対応できないと、「こっちはお金を払って

入居しているお客さんなのよ。」と言ったなど、介護への依存心の高さも

施設のスタッフを悩ませているようでした。

 

電話を受ける度、私はすぐに施設に駆けつけ、頭を下げました。

母の介護の大変さがよく分かるだけに、申し訳ない思いでいっぱいだったし、

自分に代わって介護をしていただいている分、施設側の気持ちをしっかり受け止めるのが

私の責任だと思っていたからです。

このままでは「もううちでは見られません」と、いつか施設を追い出されるのではないか…、

そんな不安を抱きながら、その後の対応を協議するのでした。

 

不定期連載 ヒロシマ日記<23> 被爆体験記朗読ボランティア

被爆体験記朗読会をご存知ですか?

広島の平和公園の中にある国立広島原爆死没者追悼平和祈念館で、

毎月第3日曜日の午前と午後に1回ずつ、

誰でも自由に参加できる定期朗読会を開催している他、

修学旅行生向けの朗読会や、学校・公民館などでの出前講座も行われています。

内容は、原爆の被害についてのビデオを視聴してから、ボランティアによる

被爆体験記と原爆詩の朗読を聞き、最後に参加者も原爆詩を朗読するというものです。

 

実は、私は先週末、その朗読ボランティアとしてデビューし、

15人ほどの参加者の前で、被爆体験記1編と、2編の詩を朗読しました。

広島のアナウンサーになって、原爆に関する番組に多く携わってきましたが、

被爆者の方が書いたものを人前で朗読するということはこれまでありませんでした。

去年8月から他のボランティアの方と一緒に研修を重ねてきましたが、

貴重な体験記を朗読する責任を感じるとともに

書かれた方の気持ちに沿った朗読ができているのか、試行錯誤の連続です。

一方で、同じ体験記や詩も、読む人によって全く違ったものに聞こえることから、

朗読の奥深さも改めて感じています。

初めての朗読会は、思ったほど緊張はしなかったものの、1度とちってしまいました。

悔しい…(>_<)

雑念を持たず集中して読むことを心がけましたが、まだまだですね…。

新米ボランティア、頑張ります!!!

 

ちなみに、来月の定期朗読会では、西名アナウンサーもデビューしますよ。

皆様、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に足をお運びください!

この日ご一緒した、朗読ボランティアの桂さんと藤井さん

 

ドタバタかいご備忘録㉕ 体裁

母の老人ホームでの生活がスタートしました。

私は、とにかく母に寂しい思いをさせまいと一生懸命でした。

ちょうど、二人目が生まれて育児休暇中だったこともあり、毎日のように会いに行き、

母の話し相手になったり、母を外に連れて出たりしていました。

赤ちゃんを連れてホームに行くと、母はもちろん、

入居している他のお年寄りがとても喜んでくれるのが印象的でした。

 

老人ホームに入居して一番よかったことは、母と私の関係が改善したことでした。

私は、母に孫を会わせて話をするのが楽しみだったし、

母は「そんなにしょっちゅう会いに来なくてもいいよ。あなたも大変なんだから。」と、

私を気遣ってくれました。

同居中、顔を合わせばなじり合い、微笑みあうこともなくなっていたのがうそのように、

昔のような親子関係が取り戻せたのです。

それまでは、一緒に住み、自宅で介護することが、親孝行だと思っていましたが、

離れて住むことで、私は母に対して優しくなれました。

以来、「介護は一人で背負うのではなく、周りに感謝しながら助けていただく。

その方が、介護する側もされる側も幸せなこともある」と感じるようになりました。

 

一方で、この頃の私はどうしても、母が老人ホームに入居したことを、

会社の同僚にも、友人にも言えませんでした。

体裁というのでしょうか。

親の介護を施設にお願いするなんて、親不孝と思われるのではないか。

親の介護もできないダメな人間だと思われるのではないか。

そんな、罪悪感と劣等感、そして恥ずかしさが混ぜ合わさったような気持ちは、

その後長く消えることはありませんでした。

(当時の母)

「咳払い」の後日談

咳払いがチックの症状と診断された次男。
自分のせいだと落ち込んでいた私を励ましてくれたのは、

次男の所属するサッカークラブで知り合ったお母さん達でした。
「うちの子も、言葉に少しチック症状が出るんだよね。」
「友達の子は、何度も立ち上がるチックがあるそうだよ。」
聞けば、チックの症状がある子供は意外と多いらしいのです。

うちだけじゃないんだと思ったら、自然と心が軽くなりました。

持つべきものは、お母さんネットワークですね。

 

その後、家族全員、次男の咳払いに対して、やめさせようしたり、

必要以上に心配したりするのはやめました。

また、正月休みは、たくさん遊んで、次男としっかり関わる事を意識しました。

その甲斐あってか、今年に入り、咳払いがぐっと減り、

ほとんど気にならなくなってきました。

 

保育士さんいわく、この時期の年長児は、もうすぐ小学生になるという緊張もあって、

チックの症状が出る子が増えるそうです。

長女や長男の時は経験することなく、3人目にして初めて知りました。

子育てはいつも、教えられることばかりです(*^_^*)

 

咳払いの理由

あけましておめでとうございます!

今年最初のドタバタいくじにっきです。

明るい話題でブログ初笑い~!といきたいところですが、今回はちょっぴり真面目に…。

 

昨年末、ショックな出来事がありました。

次男が12月に風邪をひき、3週間たっても咳払いが治らない。

気になって小児科に連れて行くと、意外な診断が返ってきました。

 

「喉も炎症は見られないし、肺の音もきれい。となると、これは…チックの一つです。」

 

次男が看護師さんと別の部屋へ移動した後、医師はこう続けました。

 

「あの子は、お母さんが思っている以上に繊細なのかもしれないね。

何かにストレスを感じていたり、我慢していたり…」

 

その言葉を聞いた途端、私はポロポロと涙がこぼれ落ちてしまいました。

少し思い当たる事があったのです。

次男は、3人兄弟で最も聞き分けの良い、いわゆる「おりこうさん」。

お姉ちゃんお兄ちゃんがやらなくても、脱いだ靴はちゃんとそろえるし、

食後のお皿は必ず自分で片づけます。

慎重でよく気がつくし、本当に手がかからない子だと思っていました。

でも、実はものすごくがんばっていたのかもしれません。

 

さらに、私はもう一つ気になっていたことを質問しました。

 

「最近、トイレに何度も何度も行くんです。今さっき行ったばかりなのに、

またすぐに行きたがるんです。」

 

「それも、チックと連動しているかもしれませんね。

おもらしをしてお父さんお母さんに迷惑をかけたらいけないと思って、

何度も行きたくなるのでしょう。」

 

保育園に送って行く時も、私が仕事に遅れないよう、あとは自分でできるからと、

急いでバイバイをするような子です。

こんな小さな子に気を遣わせていたんだなと思ったら、その後も涙が止まりませんでした。

夫に「そこまで泣くのは、ちょっと“うつ”なんじゃない?」と言われてしまったほど。

私、更年期でしょうか…(汗)

 

考えてみると、去年は中学生になった長女や野球を始めた長男のことなどでバタバタし、

次男にあまり構ってやれず、じっくり話も聞いてやれず、寂しい思いをさせた気がします。

「今年は、もっと丁寧に、子供たちと向き合う!」…私の抱負です。