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憧れの人は今

こんにちは。
ブログ更新しないの?と
言われることもなくなった森です。
久しぶりすぎる投稿をします。

今年からデイリースポーツ広島版で
月に一度コラムを書かせてもらっています。
せっかくですので掲載後、
こちらでも配信しておこうかなあと。
見逃した、広島版が手に入らない、そもそも興味がない
そんな皆さんの為に、どうぞ。

「サ、サイン下さい」―

緊張した。目の前に憧れの日本代表選手。
高校2年生でした。
私がやっていた競技は当時プロがありません。
つまり、その最高峰は日の丸を付けて世界と戦うことでした。
95年ユニバーシアード福岡大会。
日本チームが史上初めて、
そして唯一世界大会で銀メダルを獲得した大会です。
強豪カナダやクロアチアに競り勝った若き日本チームは
今後の大躍進を期待させました。
黄金世代と言われたその中にいた憧れの選手。

名前を佐古賢一といいます。

そうです。
後にミスターバスケットボールと呼ばれるようになる
日本を代表する名PG(ポイントガード)です。
色紙なんて持ち歩いていません。
持っていた(正確にいうと着ていた)スウェットの背中にサインをもらいました。
世は空前のバスケブーム。大行列です。
人が多いのと緊張しすぎで全く話すことはできませんでした。

その人がまた目の前にいます。
約20年ぶりです。
場所が広島のお好み焼き店に変わり、
私は見る側から伝える側になりました。
彼は名PGから広島ドラゴンフライズヘッドコーチ。
つまり監督になっていました。
20年前と同じく緊張してます。
ただ大きく違うのは私もいい大人です。幸い行列もできてない。
お酒の力も借りつつ、たくさん話ができました。

あの佐古賢一とスラムダンクの話をした。
代表にいった同級生の話題で盛り上がった。
部活のヤツらに自慢できるネタです。

日本バスケ界にとっても大きなニュースでした。
ミスターバスケットボールが現役引退後、初めて現場に戻る。
しかも新規参入のチームで。彼にとっても初めてのヘッドコーチ。
就任会見でも話していたように両親が岩国出身だったり、
祖母が大竹出身だったり、広島と縁があったわけですが、それだけじゃない。
今は亡き高校時代の同級生の夢を叶える…。
いや、この話を書くには字数が足りません。
自分でも気付かないうちに、人との縁は何十年経っても繋がっている。
これはいつか、テレビでお伝えしたい話だと思います。

とにかく、新チームで新監督は挑戦の日々を送っている。
今はそれだけでいいかもしれません。
ほろ酔いの帰り際、連絡先を交換しました。

「ラ、ライン下さい」―

やっぱり緊張した。

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