月別アーカイブ: 2020年7月

夏、いただきました

週の始まり月曜日、
みなさんいかがお過ごしでしょうか。

突然ですが、夏、いただきました。

ドン!

ドドン!!

ドドドン!!!

 

番組のスタッフに
安芸高田市にお住まいの方がいて、
とれたての夏野菜を譲ってもらいました。

私は軽い会話のなかで
「新じゃができたらくださいよ~」
ぐらいのトーンだったのですが。
(これでもまあ小賢しい…)

もらったら、使わねば!!

 


その日は急いでルーを買って帰り…
夏野菜たっぷりカレーに!


土用の丑の日には
テレビ派「ウチごはん」で紹介された
ウナギ風ナスのかば焼きに!

どれにしたって
おいしくいただきましたー。
(いえ、まだ使いきれずにおります。)
(また写真の種類が増えるかもしれません。)
ありがとうございました。

 

大阪生まれ、神奈川は鎌倉育ちの私ですが、
きょうこの頃に至るまで、
この街で、地域で何が採れるかなんて
考えてもみませんでした。

社会の時間に
「鎌倉野菜」や「腰越しらす」などは
耳にしていましたが、
自分で作り、自分で味わう、
この体験がどうしても乏しかった。
好きな食べ物だって、
ジャンキーなものが中心でした。

 

ですので、
おすそ分けをいただいて、
それを自分で料理して、そのまま口に運ぶ。
そんな経験ができていること自体が貴重です。
広島という土地の温かみを
今一度、とても感じています。

「田舎じゃけぇ」とうそぶく人はいますが、
いやいや、なにをおっしゃいますやら。
街と自然の調和のとれた、
素敵な地域だと実感しています。
これからも季節を重ねるのが楽しみです。

 

はて、頭を悩ませるのは、
畑も何も持っていない私が
どうやってお返しするか、
というところですが…
無条件にいただいてうれしいもの、
なにか教えてください。笑

澤村推しのスイーツ

週の始まり月曜日、
みなさんいかがおすごしでしょうか。

とんでもないタイトルで
書き出していますが笑、
取材先と関係が続くのはうれしいよね、
というお話です。

 

時は3月。
コーナー「ハルイチノオト」最終回で取材した、
『さすらいのパティシエ おしの さん』。

お店を持たず、出店の話があれば
どこまでも飛んでいく。
だから、さすらい。

自分の名前「志乃」さんにかけて、
みんなが親しみを込めて呼ぶ。
だから、おしの。

その前からSNSなどで拝見しており、
ディレクターをそそのかし笑、
取材でかかわる機会を得ました。
おしのさん、本当にありがとうございました!

そして、その後。
広島市街に出店するタイミングで、
ちょくちょく、
会いに行かせてもらっています。

取材で出会った人たちと
関係が続くのはほんとうにうれしいことで、
カメラが回っているかは関係なく、
おしのさんはおしのさん全開(?)です。
いつもポジティブなパワーをもらえます。

全ての人と、となると
多分時間もお金も足らなくなりますが笑、
取材を通して広島で好きな人、好きな場所が
増えるのはすごくうれしいです。
機会は多くはありませんが、
今後もそんな関係を通じて、
広島をもっと好きになれたらいいな、と。

あ、そうそう。
放送では予定が埋まっていると
紹介していた”おレッスン”。
予定を決めていた友だちに
加えてもらって参加してきました!
(だいぶ前のお話をまとめて書いています)

澤村初めてのお菓子作り。
途中、手際の悪さや
エプロンのだささを指摘されながらも笑、
なんとか完成までこぎつけました。

材料を混ぜ合わせるだけで
色や形、粘り気が変わっていく。
オーブンの中で、むくむく大きくなっていく。
奥深きスイーツの世界。
お菓子たちを「お〇〇」と呼び、
この子はねー、と説明してくれる
おしのさんの気持ちが
いくばくかわかった気がします笑
最高の体験でした!

出店状況はおしのさんの
インスタグラムでご確認ください。
https://www.instagram.com/oshino_beans/?hl=ja
また、おいしいお菓子を
食べさせてくださいね~!

では、
番組では紹介する時間がなかった
おしの’sワンコたちでお別れです。
あずき!だいず!かかお!
みんな人懐こくっていい子たち…!

 

大雨から2年

おはようございます。
週の始まり月曜日、
みなさまいかがおすごしでしょうか。

7月6日で西日本豪雨災害から2年でした。
当時を思い出させるような雨が降り、
不安に思った方も
多かったのではないでしょうか。
当日のテレビ派特報でも、
いま現在の雨の降り方にも
時間を割いてお伝えしました。

 

私は朝から中継に出ました。
広島市安芸区の「梅河団地」。
2年前、土石流などの被害が大きく、
5人がその犠牲となった場所です。

「なんとか黙祷だけでもしたい…」
そう話していたのは
町内会の会長を務める北川さん。

ただ、強まる雨のため、
朝のうちにたてた献花台は
昼過ぎには撤収しました。
住民たちの思いと、いまの雨への備え。
思いはにじみましたが、
その判断に迷いはありませんでした。

 

中継自体は無事に終わり、
会社に戻る際に北川さんに
改めてご連絡すると。

「もう避難所が開設されたんで、
矢野南小学校におります。」

率先避難でまずは自分の身を守る。
当たり前ですがなかなかできないことを、
すでにおこなっていました。

 

この週降り続いた雨に気をもんだ人は
多かったとは思いますが、
大きな被害は出ませんでした。
それは、教訓を胸に持つ人たちの
小さな心掛けが重なったものであるはずです。

「被害が出る前は、ご近所さんの名前もしらんかった。
でも、いまは日ごろから挨拶や声掛けが増えた」。
北川さんは続けます。

区役所と協力して、
独自の防災マップも完成しました。
住民が近所のご年配の方を誘って、
一緒に車で避難することもあったといいます。

この話を「被害を受けての変化」と捉えず
自分のことと考えられれば、
周囲と協力していくことができれば。
自分の周りではどうか、
置き換えて自分も考えてみたい。
そんな7月6日となりました。

新たな憩いの場に

おはようございます。
週の始まり月曜日、
みなさまいかがおすごしでしょうか。

きょう、7月6日。
西日本豪雨災害から2年です。
テレビ派では15:48から
豪雨災害に関する報道を
中心にお伝えしていく予定です。
ご覧ください。
(このブログは3日に予約投稿しています)

さて、話の内容は変わりまして。
先週の火曜日、中継に出ました。
場所は平和公園にある被爆建物、
改修が進められてきたレストハウスです。

2年半の工事を経て、
施設は大きく変化しました。
外観は呉服店だった当時の見た目に近づけ、
うすいだいだい色に塗られました。

施設の内部も一新されています。
この改修で地下1階から3階まで
「歴史とひととまちをつなぐ」
というコンセプトの下、
案内所に売店、カフェ、展示室と
内容を充実させています。


中継は3階の展示室から行いました。
ここでは、レストハウスと
周辺地区の歴史に触れることができます。
原爆が落ちるまでは、
ここには繁華街「中島地区」が広がっていました。
生活があり、娯楽があり、日常があった。
模型や年表から思いはかることができます。

そのうちのひとつ『記憶の解凍』。
テレビ派でもその活動を
折に触れて取材してきています。
プロジェクトを進める一人、
庭田杏珠さんにも出演してもらい
中島地区にあったレストハウスに
飾られる思いをうかがいました。


「小さい子どもたちにも見ていただけたら」。
どんな人たちに見てもらいたいですか、と
森さんからの問いかけに対する彼女の答えです。
被爆の惨状だけでなく、
そこに生活があったことを
レストハウスの展示から知ってもらいたい。
予定になかった問いに真摯に答えていました。

実は、こちらからの質問案に対して、
紙いっぱいのメモに用意していた彼女。
そのどこにもなかった生のやり取りに、
力強い思いがこもっているように聞こえました。

 

原爆資料館の資料や被爆者のみなさんの証言。
そのひとつひとつからめぐる思いがたくさんあります。
すごく貴重で、大事なものです。

ただ、レストハウスでも、
また違った形で戦争の前の世界を、
想像し、思いをめぐらせることができる。
庭田さんのお話を聞いて、そう感じました。

日常を映したカラー写真に、
強くひきつけられる魅力があります。
休憩がてらのレストハウスで、
そこにあった日常を感じてみてください。